あれから3ヶ月
2022年06月27日
年度末の夜に起きたあの忌まわしい屈辱的でもある事故から、苦痛・苛立ち・不安・焦り・諦観などなど久しく感じたことのなかったというよりは忘れかけていた感情が沸々と眠れない夜や、動けない身体を持て余したまどろみの中で頭の中を駆け巡っていた3ヶ月間でもあった。
そろそろ人生、引き算の世界に入ってきた自分としては日常の一つ一つの出来事までも了解し、納得して、丁寧に堪能し尽くすんだと我が心に、我が身に言い聞かせるかのようにと過ごしていたはずなのに。それがなんと2−3分おきにやってくる都会の地下鉄の一台に乗り遅れまいと、なまじ視界に入った先頭車両のライトに吸い込まれるように前つんのめりに足がもつれて階段を踏み外してしまったのだ。一瞬のことであった。右足首捻挫と腓骨の骨折。受診した整形クリニックでは「手術しなければ6ヶ月から8ヶ月はかかりますよ!」と言われたが手術なしでここまでとりあえず来た。ギブス、松葉杖、補装具とお世話になり、今はもっぱら理学療法士のお世話になり、拘縮した足首関節の筋や腱のもみほぐしを週一の頻度で受けている。しかし、「元の歩容を取り戻すにはあと3ヶ月はかかりますよ!」と言われ、煽てられたり叱られたりして今も続いている。
しかし、この間には40日間風呂にも入れず、シャワーも浴びず、月1回の散髪にも2ヶ月間行けず、ほとんど山男並みの生活であった。垢で死にゃしないだろうと高を括っていた性でビロウな話しで恐縮であるが、7週間ぶりの湯舟は花筏ならぬ垢筏となっていた。入浴後の爽快感と言ったら何に例えようかと思うほどであった。辛い中にもこうした恵みを神様は用意してくださっていたんだと思うこと頻りであった。それにしても、予期せぬ事故が今のような梅雨とか真夏といった季節でなくて良かったともつくづく思っている。でも、大地が春を謳歌する草花の季節は室内からの、ガラス越しで、まるでモノクロ世界かのような春であった。
我が身に受けたこの度の試練を、この間に受けた多くの人々から受けた優しさ、慰みや、励ましの言葉に感謝しながら、残された我が人生をかけて資するものとしたいものである。
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